美容院の給与計算 - 法人化や店舗経営が進み、雇用環境の変化する美容院経営
美容院もかつては個人経営の単一店舗で、店主が親方で若手の従業員が弟子というような徒弟制度的な雇用環境の下、労使トラブルとはほとんど無縁の世界でした。しかし、最近は、法人化や多店舗経営が進み、それに伴い、雇用環境も変化し、従業員側にも、徒弟という意識が薄れ、それに代って労働者という意識が強まってきています。
徒弟制度的な環境の下では、法定労働時間という考えが希薄で、もともと長時間労働となりやすい業界ですが、法定労働時間を超えた残業時間に関する手当の支払いに関しても、あんまり問題となることはありませんでした。また、徒弟の場合は、従業員に病気や傷病などの事故が遭った場合や老後の保障の問題は、店主の個人的な補償によりなされるべき、又は、個人の自己責任においてなされるべきとの考え方が強く、使用者が公的な保険を通じてそれらを保障しなければならないという考えは希薄です。
さらに、従業員の解雇に関しても、例えば、これまでは、個人対個人の話し合いによる解決がメインで、労働基準法や労働契約法などの法律的手続きを踏まねばならないということは、あまり問題視されませんでした。ですが、法人化や多店舗化に伴い、徒弟から労働者へと、雇用形態が変化し、今までになかったような問題が発生しています。それらは、結局のところ、そのすべてについて、徒弟制度的な習慣が現在の労働者的制度に適応せずに残っていることに原因があると考えられます。
以下では、それを説明していきます。
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1. 残業代の支払い
まず、その一つ目は、残業代の未払いの問題です。徒弟制度的雇用環境の下では、法定労働時間という概念はなじみにくく、特に見習いのような場合には、仕事を教えてもらっているのだから、お店が閉店してもただで手伝うのは当たり前的な感覚が常態化しています。支払う側も、見習いの場合には、お店に対する貢献度が低く、出世払的に日給は払うけれども、いちいち勤務時間を管理して1日8時間を超えた分に手当を支払うなどとは、普通は考えません。
しかし、この考えは現在では通用しません。お店で徒弟でも見習いでも法律的には労働者ですから、1日8時間、1週間40時間を超えた分は、きちんと残業手当を支払わなくてはなりません。仕事を教えているから、収入に貢献していないから払う必要がないという徒弟的環境で通用する言い訳は通用しません。
ここで、従業員の労働者としての意識の向上が問題となります。
かつては、店主に仕事を教えてもらっているからとか、みんなそうだからとかという理由で、残業代の未払いがあってもそれが表面化することは多くありませんでした。しかし、徒弟ではなく労働者という意識が浸透してまいりますと、それをしていれば、従業員は違法なことをしていると思うはずです。それでも、そのお店に勤めている間はだまっている事が多いのですが、退職した時などに、未払い残業代の支払を求めて「あっせん」や「労働審判」の申立てを受ける可能性が非常に高まります。
美容院は、特に長時間労働が発生しやすく、また、慣行上、残業代に関する意識が希薄なことも多いですから、このことを心掛けて、労働時間の適正な管理と、残業が発生した場合には、きちんと支払うことが大切です。また、給料を高めに設定して、その分は残業代だという主張をよく聞きますが、この考えは対外的には通りませんから、その場合には、給与明細に、その給与を、基本給と、月○時間分の残業代であると明記した残業手当に、明確に分割したうえで、労働者にきちんと説明する必要があります。
なお、小規模の美容室で、残業代の支払が大変だという場合には、労働基準法上の、1週間の法定労働時間を44時間とする特例や、1ヶ月単位の変形労働時間制などを利用することにより、残業代を節約することができます。
2. 病気や傷病、そして老後の保障
その二つ目は、労働者に病気や傷病が生じた場合又は老後の保障の点についてですが、ここでも美容院で、昔から採用されていた徒弟制的な雇用環境の名残から、問題が生じています。それは、健康保険や厚生年金保険の未加入の問題です。労災保険や雇用保険の場合には、個人経営の美容室で家族以外の従業員などを使う場合、完全に加入が義務付けられておりますが、健康保険や厚生年金保険の場合は、法人の場合には、加入が義務付けられておりますが、個人経営の美容院の場合には、従業員の数がどんなに多くてもそれは義務付けられておりません。
したがって、個人経営の美容室では社会保険の加入はあまり進んでおりません。社会保険の加入による負担でお店の経営が立ちいかなくなるという問題もありますが、従業員の労働者としての意識の高まりの中、安心して働ける環境を提供して、優秀な人材を確保するためには、できる限り、加入できる環境を整えた方がよいには違いありません。
もちろん、社会保険加入のためにお店の経営を圧迫して最悪の場合廃業になってしまっては元も子もなく、個人経営の美容室であれば、法律上の加入義務もありませんから、お店の利益の額と従業員を社会保険に加入させた場合の保険料の負担を試算した額を比べて、可能であれば、加入させた方がよいという話になります。
3. 従業員の解雇
最後に、解雇に関してですが、たとえ従業員1人の小さな美容室でも、その従業員を解雇する場合には、労働基準法が適用されます。したがって、一定期間雇用期間がある者については、解雇予告手当の支払や30日前の解雇予告、解雇にあたっての合理的理由が必要になります。これらの規則を無視して解雇すると、従業員が労働基準監督者に駆け込んだりして思わぬトラブルに巻き込まれることがあります。したがって、どんなに小さな美容室でも、解雇の場合には、労働基準法などの法令に従って手続きを踏むことを心掛けるべきです。